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インタビュー

「遠くの空に消えた」行定勲監督インタビュー

行定勲
INTERVIEW
「遠くの空に消えた」
行定勲
行ったこともないのに、記憶のどこかにあるような不思議な村。空港建設を推し進める父親に連れられて都会からやってきた転校生と、空港建設に反対する田舎育ちのわんぱく小僧。そして、UFOと父親の帰りを信じつづける女の子…いまを生きる子供たちと、かつて子供だった大人たちのひと夏の出来事。これは夢?それとも― 夢見るきもちを失いがちな現代に、未来を描く子供心を連れてくる作品が完成した。 「いま世の中に信じられないことが多いですよね。だから、こういう映画を作ったんです。僕自身もそういうことばっかりですよ。信じていた人が、だいたい裏切っていくし。でも、子供の頃は信じていたから、「大人になったら映画監督になる」とか「ロックミュージシャンになるんだ」とか言っていた。それで「映画監督にはなれたんだよね」って昔の友達と話すわけですよね。熊本に帰ると、昔の友達と会って、今の話よりも昔話で盛り上がる。子供の頃の話をすることが、信じることにつながっているんじゃないかなって」
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大人は未来を描かない

「日常でも人と話しているのって過去のことしか話していない気がするんです。未来のことを話すことの方が少ない。話すとしても具体的な未来のことで。子供時代ってそうじゃないんですね。昔話するほど生きていないから、今のことしか話せない。
自分が歳をとってみて、たいがい映画を観ても感動しなくなった。映画を観ているのに映画じゃないものを見ていて、純粋に受け容れられない。映画を作っているのに、違うところを見て、違うところに投げかけようとしているというのは、どうなのかなあと思って。作りたいものを作ってしまえというのが、今回の流れだった気がします」

不思議で懐かしい世界観ができるまで

行定勲

「まず、ホラ話を作りたかったんです。原案は、映画監督が語るホラ話。ある場所で誰かが「ここで昔、こういうことがあったんだよ」と、嘘か本当かわからない話をする。それを聞いた人はどんな顔をしたかな?ということが重要だったんです。大人になると皆、あまり未来のことを話さない。初めて会った人には自分の過去のことを話しますよね。それで社会は構築されている。この話もそのひとつ。じゃあ嘘かもしれないホラ話を思いっきり作ってみようっていうことになって。7年ぐらい前にガルシア・マルケスにはまっていたんです。でも、実際に南米に行ってみたら、マルケスの描いている南米はそこになかった。もっと現実的で殺伐としていた。じゃあマルケスはなんで幻想文学を書いていたかってところですよね」

もっと振れた映画を作りたかった

遠くの空に消えた
(C)2007 遠空PARTNERS

「いま、映画が現実的になっている。僕が作って社会的にヒットしちゃったっていうのも、それがシンプルでわかりやすい映画だということなのだろうけれど、もっと振り切れた映画を作ってもいいんじゃないかと。僕は子供のとき、寺山修司を観てビックリしたわけですね。話はよくわからないけれど、印象だけはやたら残っていて面白い。ワンシーン、ワンシーン、見せきっちゃう。ガルシア・マルケスの描いた街は、実際行ってみたらなかった。それはチャールズ・ブコウスキーの描いた世界も同じ。皆、行ってみると「なんじゃ」と思う。でも、本の中で見るとすごい。映画のひとつの虚構性はそういうところにあってもいいよねって思うんです」

赤星くんのこと

「映画に出てくる(長塚圭史演じる)赤星くんは大人ですけれど、実際に熊本に赤星っていう男の子がいたんですね。僕らが小学校5年生のときに、彼らは中2くらい。いつも野球をやっていると、後ろでずっとバットを振ってるんですよ。自分も仲間に入れろって感じで。「代打」っていうとすごく嬉しそうに代打に立つんだけど、もちろん三振する。子供たちはそれを見て笑う。「外野守れ」って言って、ボールが草むら入ると「赤星探せ!」って言って、探している間に皆いなくなっちゃう。暗くなった頃に自転車でその公園の横を通ると、赤星くんはまだボールを探しているんですよ。そのときの感情なんですね、この映画をやろうと思ったのは。あの時に、ものすごく僕は残酷だなって傷ついたんです。たぶん知的障害があったんだよね、赤星くんは。でも、ああいう子たちと触れたことで、自分を取り巻く世界にいろいろな人がいることも知ったし、赤星くんに感動させられることもあった。今の社会は大概そういうものは隠していくんですよね。すごく純粋じゃない。ここまではOKみたいなボーダーラインを常に引いていて、ここのギリギリでは遊ぶんだけど、そこを飛び越えては遊ばない。それが、映画界にも言えることだったので。それがすべてですね」

この映画は大人禁止で作りました

「子供時代にそういうことがあって、うちの親父とかお袋もそうだけれど、田舎ってもっととんでもないオヤジがいっぱいいた。大人気ないなっていう。でも、大人気ないって誰が決めるんだよっていう嫌悪感もあって。映画作っていて、すごく大人なスタッフがいるんですよ。休ませろとか、睡眠時間がないとか言う人たち。そういう人たち、僕、大嫌いなんですね。映画作る人たちは、面白いことを観客に伝えようと寝る間も惜しんでやっている。それを冷静な目でいる人たちがいると、その人をこそ排除したくなる。それを映画にしたいって思ったのもあって。今回、映画作るにあたって、大人禁止なんです。巨匠衣装デザイナーの伊藤佐智子さんや美術デザイナーの山口修っていう還暦のオヤジが、いちばん子供だった。いろんなアイディア出したり、徹夜でデザイン画書いてきたりして。「若い頃にマルケス読んで興奮したんですよね」って会話の中から、「いいじゃん、マルケスみたいなのやっちゃおう」っていう勢いがある。「俺たちが子供の頃は、肥溜めに落ちてさぁ」なんて言って。肥溜めに落ちるシーンなんて元々なかったんです。「肥溜めに落ちて友情が芽生えるの、いいんじゃないの!?」って話になって。若いスタッフが作ったら、「肥溜めは、こんなのじゃない。お前、肥溜めわかってないなぁ」って。それが、映画の面白さなんですよね。境界線をセーブしてやってしまうというのは、日本人だからしょうがないけれど、子供時代、そうじゃなかったですよね、僕らって。「楽しかったよなあ、子供時代」って皆、思ってるんじゃないの?って。そこをいちばん感じてもらえればいいなと思っているんです」

いましか撮れない3人の魅力

「神木隆之介と大後寿々花がいるってことで、この時代にこの企画が動いたところがある。アカデミー賞の授賞式で神木と会ったときに、声変わりし始めていた。普段の神木くんのやわらかい感じとちょっと違う、ちょっと枯れてきている感じ。今年中に撮って、あの声を撮りたいと。寿々花とは『北の零年』で一緒にやったときに、「コイツとまた絶対映画を撮ろう」と思ってね。このふたりがいれば、子役というより、俳優と女優として僕自身のスタイルを変えないでやれると思った。そして、笹野高史さんの息子のささの友間を無理やり呼んだら、ぴったりだった。日本映画史上、いちばん素晴らしい走りを見せてくれたし。あれは子供じゃないとできない、すぐ大人になってしまうわけで。そういう刹那的な一瞬に、あの3人がいたという、そこに尽きますね」

行定監督が「初めてパパの映画観て面白いと思ったよ」と息子さんに言われたという、この映画。羽ばたく力を取り戻させるパワーは、子供心を持ち続けるスタッフとの真剣なやりとりのたまもの。7年前に書いていた脚本が、2007年の世相を租借して包み込んだ、やさしい物語へと発展した。忘れられない、夏の盛りの花火のような匂いがする。

(取材・文:多賀谷浩子)

 

『遠くの空に消えた』
8月18日(土)渋谷東急ほか全国松竹・東急系にてロードショー

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