『火垂るの墓』 日向寺太郎監督インタビュー


- 『火垂の墓』監督
日向寺太郎
- 7月5日から公開される『火垂るの墓』。アニメーション映画でも知られる、野坂昭如の短篇小説を、初監督作『誰がために』で注目された日向寺太郎監督が映像化。アニメとはまた別の、見ごたえたっぷりの映画に仕上がった。日向寺監督といえば、宮沢りえ主演の『父と暮せば』をはじめとする“戦争3部作”を遺した黒木和雄監督の現場で経験を積んできた人。もともとは黒木監督が手がける予定だったこの作品を引き受けるのは、相当の決意だったことだろう。そんな大仕事を終えた日向寺監督に、この映画に込めた思いをお伺いした。
『禁じられた遊び』が大切になってきた
―まず、どんなところからスタートしたんですか?
「『火垂るの墓』で何をメインに伝えていくかということですね。最初は、若い世代に伝わる表現としては、戦争の生々しさを描く必要があるんじゃないかと思いました。映画の前半で、それは生きているんですが、僕の中では徐々に変わっていって、『禁じられた遊び』で描かれていることが大事になってきました。子どもから見た戦争、生と死ということですね。なぜかといえば、これは戦場が舞台になった映画ではない。それに、技術的にも相当、高度なことをしない限り、生々しさは中途半端なものになると思ったんですね。この映画の前半部分について、リアルさや迫力がすごいと言って頂くこともあるんですが、僕としては、ずいぶん抑えたつもりなんです」
これは、死者を描いた映画なんです
「『禁じられた遊び』はテーマも共通している部分があるんですね。死者をどう弔うか、そのことがメインになってきました。野坂昭如さんの原作にあるんですが、この映画では、松田聖子さんが演じた母親の死、蛍の死、そして幼い節子の死が描かれている。母親の死というのは、大勢で焼かれて、誰の骨かもわからない状態。いわば、名前のない死なわけです。節子はまだ幼くて、死ぬということ自体、わかっていないと思うんですが、蛍が死んでしまうと、無邪気に一匹ずつ名前をつけて墓を作っていく。そのことと母親の死は、非常に対照的だと思ったんです。戦争の悲惨さには、色々な悲惨さがあると思うんですけれど、僕がこの映画で考えたのは、戦争は死者を弔わない、死者を悼まないということです。戦争で死ぬと、死者として扱われないということに気づいたんですね。それをこの映画の核にしようと思ったんです。節子は蛍の墓を作り、節子が死んだ時も、清太は節子を埋葬する。結局、死者を大事にしないってことは、生きていることをも大事にしないってことですからね。
脚本が出来た時、登場人物のところで、松坂さんの役が「未亡人」となっていたんですよ。役名がないんです。たとえば、通行人Aというような脇役で名前がない場合はあるんですが、あれだけ出番のある役で名前がないというのは、お願いするのに失礼じゃないかと思って、それを西岡琢也さん(脚本家)に話したら、「この映画では、生きている人は、名前がなくてもいいんじゃないか。死んだ人にだけ、ちゃんと名前をつけておけばいいんじゃないか」と。その言葉が、僕の中で大きなヒントになったんですね」
実写版『火垂るの墓』ならではの描き方
(C)2008「火垂るの墓」パートナーズ
『火垂るの墓』といえば、すでにアニメーション映画でも知られている。とはいえ、今回の実写映画は、またアニメの『火垂るの墓』とは違った作品になっている。その中のひとつの要素が、登場人物たち、特に主人公の少年・清太のバックグランドが豊かに描かれていることだろう。
「清太を優等生にしたくなかったんです。原作の中にも、幼い妹の節子がいなくなればいいと思ってしまったり、きれいごとだけでは収まらない、人間の真実を描いているところがある。それを映画でやるのは難しいんですけれど、清太が優等生すぎると、観客は共感できないんじゃないかと思いました。そう思って西岡さんに話したら、「じゃあ喘息という設定にしよう」と。軍人の家で生まれているんだけれど、体が弱いから自分は軍人になれるかわからない、そういうコンプレックスをもっている存在にしたんです。西岡さんご自身も喘息だったそうです」
―清太くんのどじょう掬い、すごかったですね。これも原作にはありませんよね。
「ないですね。これも西岡さんのアイディアで、優等生にしたくないというので喘息のほかに出てきたのが、どじょう掬い(安来節)だったんです。滑稽で、2枚目にならないですよね。清太(役の吉武怜朗くん)には、どじょう掬いと剣道の訓練を1月間かけてやってもらいました。始める前、どじょう掬いの先生に、そんな短期間で覚えるのは絶対に無理だと言われたんです。でも、これはどじょう掬いの映画ではないから(笑)、うまくなくてもいいってお願いして。そうしたら、彼は天才的だったんですよ。先生もびっくりしていました。さらに口三味線で歌いながら、どじょう掬いをやる場面があるでしょう。あれは、映画独自のアイディアなんですが、先生にはさらに無理だと言われました。でも、彼はそれも見事にやって、どじょう掬いの教室でも「これは面白い」ということになって、教室でも教えることになったそうです」
―そんな効果も(笑)。清太と父親が剣道をする場面、所作をすごくきちんと見せているのが印象的でした。
「あそこでは、父親の真似をするというのを見せたいと思いました。剣道の経験もなかったので、大変だったんですよ。清太の身体能力は相当なものですね、家でも相当練習したようです。姿勢はもともと気をつけていたんですが、剣道の後、ますます姿勢がよくなって、現場ではまったく言う必要がありませんでした」。
―そうやって、だんだん当時の子供みたいになっていくんですね。
「そうなんですね。どじょう掬いと剣道の練習の成果は大きかったと思っています」
幼い兄妹のキャスティング
(C)2008「火垂るの墓」パートナーズ
この物語でなんといっても大切なのが、主人公の兄妹。いわゆる子役っぽさを感じさせないふたりの存在の清清しさ、愛おしさが、見終わったあとも心に残る。
「これは僕の役者の好みなんですが、清太は、台詞を言わない時の立ち居振る舞いや、ただ立っているだけの姿が、どのくらい魅力的か、そのことを大切にキャスティングしました。節子は、いわゆるうまい子役でなく、子供らしさが出ること。あの年齢だとまだ自意識がないので、変に可愛く見せようとしないし、台詞言うので精一杯なんですよ。それはそれですごいことなのですが。歩くのも話すのもたどたどしいのが可愛いわけです。存在自体が愛おしいということがポイントでしたね」。
―幼い節子の演出は、大変だったのでは?
「節子に関しては、リハーサルをやめたんです。今回はオーソドックスなカット割にしようと思っていたのですが、そのためには何回も同じ芝居を繰り返さないといけない。でも、何シーンかやってみると、節子は一回目のテストの時が一番いいんですよ。そのことに気づいて、リハーサルをやめることにしました。他の役者だけリハーサルをやって、芝居が決まったら、節子が入ってくる。大女優ですよね(笑)。一番最後に登場して、本番しかしない(笑)。子供だから、カメラが動くと面白くてそっち見たりするんですね。映画の最初の方に、救護所になっている学校の片隅で節子が人形を抱いている場面があって、後ろを避難して来た人たちがいっぱい通るんですね。あれは、動いている人が面白くて、節子は演技ではなくて、本当に見ているんですよ。最初に、「人形をかわいがったりして、カメラを見なければいいよ」と言っておいて、節子がいろいろ反応するのを長く撮っておいて、あの部分を使ったんです。もう、ドキュメントですよね」
松田聖子の新たな美しさ
―清太に辛くあたる未亡人役の松坂慶子さんはもちろん、松田聖子さんがいいですね。あんな聖子さんは初めてですよね。昔の日本女性の美しさというか。
「きれいですね。松田聖子さんに言ったのは、一言だけです。最初にお会いした時に「母親の原像」をお願いしますと。現場では何も言っていません。僕としては、母親をちゃんとやってほしいということと、出番の限られた役なので、ある種の華やかさが必要だと思ったんです。母性だけだと観客の印象にあまり残らない。だから、ぱっと出てきた時の華やかさがあって、印象に残ることが重要でした。松田聖子さんは、その両方をもっている方ですよね」
原作の舞台、神戸で撮影
(C)2008「火垂るの墓」パートナーズ
―今回、原作と同じ神戸ですべて撮影されたんですね。
「神戸は、空襲と震災で当時の建物や風景は残っていないんですね。ちょうど、ひょうごロケ支援Netという各市町村のフィルムコミッションのネットワークができたところで、とても協力的でした。神戸だけでは無理でも、兵庫県全域ならば可能ではと思えてきたのです。松坂さん演じる未亡人の家があるあたりは、オープンセットといってもいいぐらいのところが残っていました。加古川の日本毛織株式会社(ニッケ)の社宅です。電柱に木を巻いたり、現代のものを隠したりしていますが、道はアスファルトじゃないんですよ」
―あの木造の校舎、いまも使われているんですか?
「あれは西脇市にある西脇小学校で、今も使われています。横尾忠則さんの母校で、NHKで横尾さんのドキュメンタリーを見ていて、あの校舎が出てきて、あれ?と思ってすぐに問い合わせたんです」
―へえ!それも兵庫県?すごいですね。
「今回、全カット、兵庫県です。当初、兵庫県内で全部撮れると思っていませんでした。兵庫県の方たちも非常に熱心で、いいところを探してくれました」
―美術は、木村威夫さんですね。
「監修が木村さんで、現場はお弟子さんの中川さんにやっていただきました。木村さんがすごいのは、ロケハンに行った時にアイディアがぼんぼん出るんですよ。たとえば、清太の家の縁側で蛍を見るシーンがあります。あとのシーンでは焼け跡になるのですが。その時に、すぐに清太の家だとわかるものがほしい、煉瓦塀を作ろうと。本当に庭に煉瓦塀を作ったんです。何かを相談すると、すぐにスケッチを描いて、こういう風に作るからと具体的な案が出てくる。助けていただきました」
ギターとピアノが奏でる、兄妹のたいせつな世界
前作『誰がために』では、矢野顕子に音楽を依頼した日向寺監督。通常、映画の音楽は、撮影前から誰が担当するか決まっている場合も多いが、日向寺監督の場合、すべて映像ができあがってから、それに合った音楽家に依頼する。今回の『火垂るの墓』では、ギターとピアノのシンプルな音世界が、兄と妹の世界を豊かに支えている。
「『禁じられた遊び』のイメージもあったので、直感的に今回はギターかなと。渡辺香津美さんの『ギター・ルネサンス』というアコースティック・ギターのアルバムがシリーズであるのですが、全作は聴いてなかったので、持っていないものを聴いてみようとCD店に行ったら、「Castle in the air」という谷川公子さんと渡辺さんのユニットのアルバムが発売されたばかりで、平積みになっていたんです。視聴したら、その音楽に魅了されました。お二人に会って、お願いしたら、映画が大好きで、映画音楽をやるのが夢だったと言ってくださり、トントン拍子でやって頂きました。楽しい時間でしたね。どこに音楽入れるかをご相談する時に、こんな感じはどう?といって、渡辺香津美さんがギターを目の前で弾いてくださったりして。贅沢な話ですよね(笑)」
―うわぁ。
「生で(笑)。完成した映画を気に入って下さって、何度も試写に来られました。僕はギターのことはよく知らないのですが、『禁じられた遊び』のような、ギター曲で定番といわれる曲は少なくて、今回の音楽をそういう風にしたいという思いもあったそうです。曲によっては、ギター・デュオなんですが、もうお一方がクラシックギターの福田進一さんでした。そのお二人の協演は、凄い!につきます」
日向寺監督の大きな挑戦
―最後に、この映画はもともと黒木監督が撮るかもしれなかったんですね。
「ええ。プロデューサーが、監督は黒木さんでと考えていた企画でした」。
―引き受けていいのか迷われたと。
「迷いましたね。いったんはお断りしました」
―映画が出来上がっていま、いかがですか?
「やってよかったと思います。内容的にも演出的にも背伸びをせざるを得なかったんですね。戦争という大きなテーマで、戦争を知らない世代の僕は簡単に描けませんよね。演出面でも、子供の演出は僕にとって大きな挑戦でした。いまは、あくまで主観的ですが、少し背が伸びたような気がしています」。
大学の映画学科在学中に黒木和雄監督の『竜馬暗殺』を観て感銘を受け、卒業後、黒木監督の現場で助監督として経験を積んできた日向寺監督。師匠である黒木監督が撮ることになっていた映画を、戦後生まれの日向寺監督が引き受けるのは、さぞかし大きな挑戦だったことだろう。これは、戦争を知らない世代が撮った、戦争を描いた映画。戦争を知らない世代が戦争をどう伝えていくのか―そのひとつの答えが呈示された作品でもある。
(撮影・取材・文:多賀谷浩子)
7月5日(土)より岩波ホール先行ロードショー
8月2日(土)より大阪・京都・神戸ほか全国順次ロードショー












