『シルク』 役所広司単独インタビュー


- 『シルク』
役所広司
- 先週末から公開されている『シルク』。日本とカナダ、イタリアの合作映画ということで早くから注目を集めた作品だが、「シルク」というタイトルの表す、絹のような…なんとも言葉にしがたい魅惑的なものが紡がれているという点でも印象深い。役所さんが演じた「原十兵衛」という男についても、それが言える。雲をつかむような、それでいて俗の強さも併せ持つ不思議な男。そんな「原」に命を吹き込んだ役所さんにお話をお伺いした。
「原十兵衛」の魅力
―まだ見ぬ異国の地。そこで出会った、生涯忘れえぬ人―。映画『シルク』の原作は、とても不思議な小説だ。1章ごとがとても短い。その章が淡々と浮かんでは消えて行く。誰かの頭の中で、瞬時に浮かんでは消えていくイメージのように…。
誰もが抱く、未知なるものへの神秘、そして官能―その象徴の地として描かれているのが、19世紀の日本。主人公のフランス人青年エルヴェは、彼の住む村を救うため、未知なる日本へ危険な旅を試みる。そこで彼は、謎を秘めたハラ(映画では「原十兵衛」)という男と出会う。これは夢か幻か―イタリア人アレッサンドロ・バリッコの頭の中に広がる未知なる日本は、現実の重量感を忘れさせ、繊細で美しいイメージを紡いでいく。骨格はもたないのに印象だけが強く残るような、不思議なハラの存在感。原作(『絹』鈴木昭裕訳・白水社)の言葉を借りれば、「空虚の泡」に包まれ、「ゆるぎない孤独」をまとった男。そんなハラを演じた役所さんは、いったいどんな風にこの役に臨んだのだろう。
「台本を読ませて頂く前に、原作を読んで、原は魅力的だと思いましたね。演じるにあたって、面白い。原は、あの時代(日本でいえば、幕末の頃)に外国と秘かに貿易をやっている。それは、とても危険なことだろうから、その辺の緊張感を…ミステリアスな雰囲気になればいいなぁと思っていました」
―原は、日本の山深いある村で、蚕の商人たちを取りまとめている存在。
「ひとつの国を治めているような男なんですよね」
―原に魅力を感じたというのは?謎の多い人物ですよね。
「そうですね。謎が多いということもそうですし…原作でも少女なんですね。あの…愛人というか。原と少女の関係というのも非常に何でしょう…何なんだこれは?と思いましたね。映画では(今年で25歳の)芦名星さんが演じていますが、芦名さんも西洋人から見れば少女に見えるのかもしれないですけれど。
エルヴェという青年が彼女に興味をもつ下りなんて、非常になんか、すごいところに来てしまったという感じがありましたね。原作を読んだ時、日本人の僕が読んでもこの村はなんだ?という感じがしました」
―神秘的で、どこか官能を感じさせる日本…役所さんの話に登場したのは、映画『シルク』の象徴的な場面だ。エルヴェは、神秘の地・日本で、生涯忘れえぬ少女と出会う―。
徹底した役づくり
―今回、監督をつとめたのは『グレン・グールドをめぐる32章』や『レッド・バイオリン』などクラシックの音楽をテーマにした映画で評価されてきたフランソワ・ジラール。監督とは、できるだけ嘘はつきたくない、リアリティを感じさせたいということで、時代背景や原の背景にあるものをいろいろ話し合ったという。
「まず、時代背景について話しましたし、この村が日本の国の中でどんな存在にあるのか、原は商人なのか、武士なのか、まぁ、あの時代にどこで英語を覚えたか(笑)―こんなのは自分たちの心積もりの話だから話してもしょうがないんですけれど。基本的には、商人だということで。それで、幕末ですから、幕府側の人間か、逆の人間かっていうのも話しました」
―鎖国の日本で貿易をしていたということは…?
「幕府側でしょうね。あの時代、追われていくわけですから。新しい時代、これだけ海外との交流を持っている人間でも、新しい時代に危険は感じていたんでしょうね。幕府側に援助をしていた男なんだろうと話し合いました。それによって、新しいものに追われていくということなんでしょうね」
―役者さんが、演じる役の状況や心情について理解する。素人でも、その部分は想像ができるが、「幕府側についていた人間か、それとも反・幕府側なのか」―そこまで原のリアリティを構築するということに感動をおぼえた。その人物が実際の世界で存在できるに足る設定を、細部まで徹底してつくりあげるのだ。
「自分で物語を作るんですよ。この人物は、何を考えて、何があって、こうなっているのか。それは台本に書かれていることではないんですけれども、そのシーンに自分でいちばんマッチしていると思う物語を作っていくのが俳優の仕事なんだと思います」
―どこから、どう撮られても、もうその人物として存在している。だから、主演する場合でも、限られた場面で印象的に登場する場合でも、演じることに変わりはない。
「画面には出てこないけれど、自分なりのストーリーを作っていくことですからね」
―私たちが目撃するのは、あくまで「原十兵衛」の一断片。映画のシーンに映っていないところにも、役所さんは「原十兵衛」を実在させてしまう。スクリーンの中で原十兵衛が圧倒的な存在感を放つのは、だからなのかもしれない。
海外スタッフとの仕事
(C)2006 Jacques-Yves Gucia/Picturehouse Productions
―2005年の『SAYURI』、話題を呼んだ『BAVEL バベル』、そして今回の『シルク』。海外のスタッフとの仕事も最近では多いが、
「撮影現場は同じですよ。ハリウッドでいくらお金があろうが何しようが、カメラは同じだし、照明も同じ。現場に入れる人間も、そんなには入れないし。静かなものです。よーい、スタートとなれば、同じ。ただ、その前にコミュニケーションとるのが面倒なだけでね」。
―現場では、いろいろなことがあるのでは?
「ありもしないこと、言ってみれば嘘をつくお仕事ですから、きもちよく嘘をつかせてあげるために、現場の雰囲気を作ってくれるのがスタッフの仕事ですよね。そんな中でいろんなことがありますよ。カメラの位置のこともあるし、照明のことも気にしなくちゃいけないこともあるだろうし。それは不自由の中で自由を見つけていくんですけれど、俳優がどんな状況の中でも役の人物の気分をなくさないということは大事だと思います。でも、その場を与えてくれるのはスタッフの細やかさによって随分違ってくると思いますよ」
エルヴェの旅、そして役所さんの旅
―『シルク』は、青年エルヴェの旅―引いては人生の物語でもある。これまでの役所さんの「旅」、非常にスムーズに来ていらっしゃるようにお見受けするんですが、転機のようなものはあったのでしょうか?
「そういう意味では僕は本当に恵まれていると思いますね。転機というとね…スタートの頃は、舞台とTVのドラマを中心にやっていて、映画っていうのはあまりやったことがなかったんですね。でも、ある時から映画を中心にやろうと思って。映画に出たことによって色々なところで評価してもらって、(『眠る男』(96)の監督の)小栗康平さんに「映画をやりなさい」と言われたんですね。「そんなにたくさんやることないんだよ」って最近は言われますけど(笑)。
映画に出たことによって、映画の魅力っていうんですかね。僕が映画を積極的にやっていこうと思っていた頃は、決して邦画も今みたいに商業的には成功していない、非常に厳しい状況でしたけれど、映画好きな人間が集まっていて、劇場にかかる…映画のフィルムっていうのは色々なところに飛んでいくんですね。意外なところで、意外な国で楽しんでもらっているということを知ったとき、ああいいなぁと思いましたよ。テレビってね、せっかくいいもの作っても、最近はビデオにもなりますけれど、残念ながら一回だけでほとんど終わっちゃうじゃないですか。テレビはテレビで、すごく短い時間で瞬発力で撮っていく面白さって勿論あると思うんですが、僕はずっと映画でやりたいなと思いましたね。いわゆる低予算の映画をやっている時は、やっぱりテレビの現場よりも貧乏なんですよ。でも、それでも文句を言わず楽しいんですね。映画を撮っているってことがね」
役所さんの話は、頭でなく、心にすっと落ちる。それは、雑味なくきれいに響くの声のせいだけでなく、役所さんができるだけ本当のことを言おうとして下さっているからなのだろう。実在しない人物に命を吹き込む役者の仕事。ないものを、あると信じ込む力の強さに、あらためて魅せられた。俳優は、かくも素敵な仕事なり。

