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インタビュー

『エンジェル』 フランソワ・オゾン監督 インタビュー

『エンジェル』 フランソワ・オゾン監督 インタビュー
INTERVIEW
『エンジェル』監督
フランソワ・オゾン
思い描いたとおりの人生を歩むことができたら―『まぼろし』や『8人の女たち』など、送り出す作品が次々に話題になるフランソワ・オゾン監督の最新作は、エンジェルという名前の女流作家の物語。貧しい家に育ち、自分の望む人生を小説に託すことで、その小説さながらの人生を歩んだエンジェル。まるで夢のような人生、けれどその終着点に待っていたものは―。女性を描くことに長けたオゾン監督ならではの視点、50年代以前のハリウッドを思わせる華やかな映像世界、そして決して一面的ではないエンジェルの人物描写、人生模様―。オゾン作品の魅力が詰まったこの作品、その背景についてお伺いしました。

原作との出会い、映画のはじまり

原作との出会い、映画のはじまり
(C)2006 - Fidelite Films - Headforce 2
- Scope Pictures - FOZ - Virtual films
- Wild Bunch - France 2 Cinema

「原作は、19世紀のイギリスを生きた女流作家を描いた、エリザベス・テイラーの小説。友人が「絶対に興味をもつと思うよ、特にヒロインに」と言って僕にくれたんです。悔しいことにその通りで、ヒロインに恋をするほど共感しました。この小説は、不思議なことに舞台となったイギリスよりもフランスの方が人気があるんですよ」
―どんなところに恋をしたんですか?
「彼女のパーソナリティには、切ないところがありますよね。自分自身に嘘をついて生きている。自分の生まれ故郷や母親のことを恥じていて、そこから逃げ出したいと思っている。だからこそ嘘の生い立ちを作り上げている。僕自身、エンジェルのような家庭で育ったわけではありませんが、子供の頃に家族から逃避したいと思ったこともありますし、現実から逃げ出したいという思いも人間共通のもので僕にもおぼえがあります。そういう意味で、彼女の思いは切ないな、いじらしいなと思います。ただ、彼女の問題は子供時代だけでなく、一生をかけて嘘を突き通したということですね」
小説家として成功の階段をのぼっていくエンジェルは、自分の育った街も母親のことも思い出したくない。インタビューで生い立ちについて尋ねられた彼女は、「貴族の出身かもしれないわ」。夢のような作り話で自分自身をかためていく。それは、彼女の住むお屋敷や衣装、往年のハリウッド映画を思わせる華やかな映像にも表れている。

衣装や映像に隠された思い

衣装や映像に隠された思い

「エンジェルはエキセントリックで現実に生きていない女性ですから、彼女が生きている時代背景を忠実に描く必要がなかったんです。彼女は想像の世界で生きていますから、ちょっと時代遅れのコスチュームや、悪趣味なインテリアでもいいわけです。(彼女が幼い頃から憧れていて、成功後に住む)“パラダイス・ハウス”の世界はまったく現実的ではない。クラシックでもアカデミックでもない、バラック的なもの。エンジェルのキャラクターによって、そんな風に演出方法が自由になったところはありますね」
―衣装については?
「エンジェルの衣装を並べてみた時に、彼女の人生の栄光と凋落を衣装で表せることに気づいたんです。最初は、学校の制服のような質素ないでたち。けれど、彼女が栄光の頂点にいる時は赤い洋服を着ていますし、やがて黒い喪服、粗末なものになっていきます。そういうところ、すごく面白かったですね。物語の舞台となったビクトリア朝、エドワード朝の女性はもっとつつましく肌を見せないのが普通なのですが、エンジェルはエキセントリックですから、デコルテを着たりする。当時の女性には派手すぎるとあまり好まれていなかった赤も着るし、不吉な色として劇場には着て行ってはいけないといわれていたグリーンも着たりする。彼女のエキセントリックな個性のおかげで、大胆なコスチュームも可能になったんです」
―背景が絵のようなところがあったり、全体を彩るのが50年代以前のハリウッド映画を思わせるテクニカラーの映像だったり。50年代以前のハリウッド映画がお好きということですが、それ以外の意図も?
「ハネムーンのシーンの絵のような背景は、エンジェルが想像の世界に生きて現実を生きていないんだということを表したかったんです。見せかけのまやかしのものがあるというのを、わざと40~50年代に多様されていたテクニカラーを使うことで、彼女の幸せを表現しながら、その後ろに作られた嘘のものがあるというのを観客になんとなく感じさせたいと思っていたので。 50年代のハリウッド映画は、とても好きな映画のひとつです。特に50年代は第二次世界大戦でヨーロッパにいづらくなった監督がハリウッドに移住をして活躍した時代。彼らは文化的素養をきちんと持っていて、あの頃彼らが作った映画は、女性が重要な役割を果たしているものが多かったんですね。私があの頃の娯楽映画が好きなのには、娯楽映画のように見えながら、実はもっと深いテーマを持っていたり、きちんとした世界観を呈していたり、多重的な要素を持った作品だからということもあります」

女性を撮るよろこび

女性を撮るよろこび

フランソワ・オゾン監督といえば、これまで数々の映画でヒロインの物語を描いてきた。男性なのに、どうしてこんなに女心がわかるの? そう言わせる女性演出には定評がある。
「私は男性ですが、男性だから、女性を描きやすいというメリットがあるんです。客観的に理解できますし、距離をもつのがいいというのもある。女性というヒロインの後ろに隠れながら、自分自身を投影できるんです。監督はカメラの後ろに隠れながら、自分を出すという職業ですけれど、そういう風にヒロインと少し距離をとりながら、自己投影できる、それを可能にするのが、女性が主人公の映画なんです。
女性を描く方が、より内面性を描けるんですね。女性の方が感情・感性でものを考える。感情が男性よりずっと豊かですよね。男性が映画で描かれる時は、いつも行動している。そういう描かれ方をすることが多いですから。物事を考え感じている女性を撮影する方が、悦びなんです」
―主人公エンジェルへの思い入れが強かったそうですが。
「登場人物の中でエンジェルに対する思い入れがいちばん強かったですね。それには、彼女のような生き方をしてはいけないという、自戒を込めた、予防セラピーの意味合いもあったんです。アーティストというのは往々にして成功を勝ち得ると、王様になったような気分になってしまう。成功が永遠に続くような考えに陥りやすい。エンジェルのように自分の世界を築いて、裸の王様のように、自分にとって都合のいいものとだけ暮らす、そういうことをしがちなんですね。けれど、エンジェルの“パラダイス・ハウス”というのは、結局は彼女にとって牢獄となり、墓場となってしまった。そういう風になってはいけない。アーティストは現実と関わり続け、常に進化を遂げていなければいけない。そういう自戒も含め、エンジェルを描きました」

これまでの作品と比べて

これまでの作品と比べて

―オゾン監督の映画には、『8人の女たち』や今回の『エンジェル』のような往年のハリウッド映画を思わせる華やかな作品もあれば、その一方で『まぼろし』や『僕を葬る』のように個人の視点から死を見つめた作品もありますよね。
「形は違っていても、実は同じことを描いているというのはあるんです。たとえば、『まぼろし』と『エンジェル』は形式は違うけれど、実はとても近いものを描いている。両方とも、現実を見ようとしない、自分の妄想の中で生きようとしているという女性を描いているんです。『まぼろし』の女性は、夫が死んだことを受け入れられずに、妄想の中で夫の幽霊を想像しながら生きている。『まぼろし』のラストシーンは、エンジェルにかなり近いものがありますよね。『エンジェル』は、人生そのものがまぼろしだったわけで。形を越えて、そういう共通項は、僕の作品の中では必ず表れてくるんです。
様式的な面でいえば、僕自身は様式化されたもの、演劇的なものが好きなところはあります。ですが、いろいろなものが折衷したものが好きなので、ひとつのジャンルに閉じこもることはしたくないんです。作品を撮るごとに、また同じことをしてしいるという印象は残したくない、そういう思いで映画を撮っています」
―今回、スタイルとして新たに出てきたものはあるんですか?
「どうでしょうね。自分のカラーを出すということは、あまり考えないようにしています。できるだけ上手にストーリーを語って、多くの観客にわかちあってもらう、そこに主眼においているので。どの作品とどの作品がこういう共通項があるのでは?というのは、ジャーナリストの皆さんにお任せしたいと思います。ただ、フランスの映画監督が陥りやすい傾向なんですが、自己分析しがちなんですね。自分はこういう意図をもって、こういうカットを撮ったと。分析自体は素晴らしいのですが、実際の映画を観たら、そうでもない…そういうギャップを僕はできるだけ埋めたいんです。分析が大したことないように聞こえても、作品の方がインテリジェントだと思ってもらえる方がうれしいですから」
―新しい作品が生まれてくるプロセスは?
「無理強いはしないんです。作為的なものは決していいものは生まない。だから、自然に任せようと思っています。アイディアにしてもインスピレーションにしても、自然にくるものしか信じません。時間がかかるかもしれませんが、その中で自分の中の無意識がはたらいていて、ある日起きたときに、こういうものが作りたいとか、ふと自然に生まれるものだと思っています。
たとえば、この作品についても小説を読んだのは6年前ですが、撮り始めたのは1年前。時間はかかっていますが、その中でどうアプローチしようかということが少しずつ生まれていったんです。植物の種を蒔いて大きな木に育つように、自然な流れの中で作品を撮っていきたいと思っています」

わいてくるものを待つ―自然なプロセスで作品を送り出していくオゾン監督。たとえば、『8人の女たち』で8人の錚々たる女優たちを演出するという偉業を果たした後は、もっと気軽なヴァカンスのような映画が撮りたいと思ったそうで、それで出来たのが、シャーロット・ランプリングとリュディヴィーヌ・サニエが魅惑的な演技を見せる『スウィミング・プール』。今回、往年のハリウッド映画を思わせる時代劇の形をとった監督は、次回作はもっと現代的で軽い作品になると話してくれた。フランソワ・オゾンというひとりの映画監督の人生とリンクして生まれてくる作品の数々は、だからこそ、観客の生理にぴったりとくる本物の質感がある。今度は、どんな作品で、どんな女性を見せてくれるのか、楽しみは尽きない。

写真・取材・文:多賀谷浩子

『エンジェル』 2007年12月8日(土)日比谷シャンテシネ、新宿武蔵野館にて公開

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