『魍魎の匣〈もうりょうのはこ〉』宮迫博之 単独インタビュー


- 『魍魎の匣』
宮迫博之
- お笑い芸人として活躍する一方で、映画、ドラマはもちろん、舞台に至るまで役者としてのキャリアを積み重ねている宮迫さん。『姑獲鳥の夏』(05)に続いて映画化された、京極夏彦原作の『魍魎の匣』で、ふたたび刑事・木場を演じています。監督も実相寺昭雄監督から『金融腐食列島 呪縛』の原田眞人監督に変わり、また違った印象のこの作品。宮迫さん演じる木場も、また違った味わい。このキャラクターへの思いから、役者としてのご自身の原点まで、バラエティ番組では見せない、役者・宮迫博之の素顔に迫ります。
宮迫さん演じる刑事・木場の魅力
(C)2007 「魍魎の匣」製作委員会
―完成した映画をご覧になって、いかがでした?
「かっこええなぁと(笑)。おいしい役だなぁと」
―監督も変わりましたし、同じ木場役とはいえ、前回の『姑獲鳥の夏』とはずいぶん違いますね。
「そうですね。同一人物っていっていいのか。木場の違った一面と捉えてみた方がいいのかな」
―宮迫さんからご覧になった、木場の魅力は?
「ガサツでデリカシーのないものの言い方をするんですけれど、単純にすごくええヤツでしょう、情熱的で。モテないんだろうけど、なんかいいやつで、男に好かれそうなタイプですよね。堀部亮さんが演じている木場の部下が、木場がダメ上司なのについてきてくれているのは、そういうところなんじゃないかなと思いますね」
―黒木瞳さん演じる、女優の絹子さんが大好きっていうところも、かわいいですよね。
「そうですね。何かの映画を観て、フリを覚えてしまうくらい好きっていうね」
演技は、何も考えない お笑いの方が、むしろ演技
―フリといえば、木場が絹子のフリを真似る場面がありましたね。ああいうの、すっとできてしまうんですか?
「そうですね。見てそのまんま、なんとなく」
―自然に。宮迫さん、役にはすっと自然に入れてしまう?
「だいたい僕なんですけどね。役作りとか、あまりできないので」
―たとえば、『蛇イチゴ』で宮迫さんが演じたお兄ちゃん役を見たりすると、ふだんの宮迫さんにもこんな感じのところがあるのかな?なんて思うんですが、今回の木場は、かなり作り込んだ役ですよね。
「そうですね。でも、ほとんど何も考えていない」
―こういう男に見せようとかは?
「考えてないですね」
―宮迫さん、歌もお上手ですけれど、感覚的なものですっと役に入れてしまったりするんでしょうか?
「何なんでしょうね。本当に何も考えていないです。でも、台詞からキャラクターって滲み出ているから、それを感じている…っていうと、かっこつけすぎですけど。きっと自分の中にある木場と似た部分が、何も考えていないから出ているだけなんじゃないですか?」
―木場と似た部分…またお笑いで見せている部分と違う面のような。
「そうですね。お笑いの方がもの考えて動いているので、もちろん本職ですし、どちらかというと、お笑いの方が芝居なんですね、僕にとっては。ああいう性格じゃないですからね。普段、暗いですし(笑)。あっちの方が、僕の中では演じている方かな」
―演じている?
「僕、明るい人間じゃないんですよ、もともと。だから、役者のスイッチや私生活のスイッチが何個かあるとして、いちばんでっかいスイッチがお笑いの本職のスイッチ。他はそんなに大したスイッチじゃないんですよ。ほとんど自分の中にある、何かなんです」
宮迫さんの台詞術
(C)2007 「魍魎の匣」製作委員会
―台詞は、移動中に覚えたりするんですか?
「移動中ですね。だいたいが斜め読みです。「一言一句この通りに言ってください」って言われると、「え!?」って思いますよ。形で覚える方なので。それも関西人の適当なところで。関西人が皆そういうわけじゃないですけど。意味が通じたら、ええんちゃうの?っていう。その台詞は、(目の前のお茶を見て)このお茶が美味いってことを言いたいんでしょう?だったら、どうたらこうたら言わんと、飲んで、「うまぁ〜」でええんちゃうの?!って。それを伝えたいんでしょ?っていう考え方ですから。何を書かれようが、美味いってことを伝えたらええのね、じゃあ、こんな感じで、このくらいの尺でって、思うて読んでいるので、なんとなぁく、そんなに外れんと、覚えてはいけますよね。ヘンにこれはここで句読点みたいに覚えてたら、しんどいですけどね」
―今回、木場をこういうイメージで、ということでリチャード・ウィドマークが出演している『情無用の街』(1948、監督:ウィリアム・キーリー)を原田監督から渡されたそうですね。いろいろなクセのある男をモデルに、こういう男にしてくださいって言われるの、珍しいんじゃないですか?
「そうですね。初めてかもしれないですね」
―何も考えずにすっと入れるというのと、また別の作業かなと思うんですが。
「何回か映画を見て、クセだとかをね。でも、結局、できてたかどうかわからないんですけど。(監督は)若干、クセのこと、忘れてはるんちゃうかな。一切言われんかったから。最初は、頻繁に出る予定だったんですね。でも、そんなにはね。ちょろちょろっとね」
もともとは役者志望
―「台詞はこういうことを伝えたいんでしょ」があって、クセもある。同時にやるって、大変な作業な気がします。
「そうですねぇ。でも、それさえも考えてないです。ほんまに僕、(演技するとき)なんにも考えてないです」
―演技は、宮迫さんにとって、自然なものなんでしょうか?
「楽しいだけなんですよね。お芝居やらせていただいているとき。だって、お笑い芸人が本職だから、申し訳ないけど、非常に気楽に、楽なきもちで、やらせてもらってますね」
―俳優じゃなくて、お笑い芸人になったのは?
「もともと役者になろうと思って入ったんですけど。大阪でこういうところにつながっているのが、吉本興業しか思いつかなかったので。でも、入ってしまったら、踏み台に、と思っていたのが、ただの底なし沼やったんですよ」
―やってみると、お笑いの方が本職だった?
「完全にゴールがないところやったので、踏み台にしようにも、ゴールがないんやから、ずっとそっちで走っておかないと、自分の根本がなくなってしまう。役者やろうと思って入ったのに、積み上げたものがお笑いの階段だったので、そこから急に、ちゃんと役者って。だから、僕は役者って呼ばれても、それは恐れ多いと思う。こういうお仕事させてもらっている時でも、それは本職の方に失礼なので。すごく本当に楽しませてもらっています」
役者を目指した原点は?
―暗いとおっしゃっていましたけど、お笑い芸人さんは案外、暗い方も多いんでしょうか?
「人にもよりますけど、多いのは、多いですよ」
―暗さは、笑いに必要なもの?
「暗いというか、必要以上に喋らないというか。やっぱり仕事で絶対に喋らないとダメなので。お笑いを寡黙にやられてもね(笑)。なので、仕事であれだけ喋ったら、プライベートでは…っていうのは、自然なんですかね。稀にさんまさんみたいにずっと一緒の人もいますけど、そういう人の方が特別なんでしょうね」
―もともと役者志望ということですが、こういうのをやってみたくて役者を目指したというのは?
「いちばん最初に憧れたのは、松田優作さんの探偵物語なんです。かっこいいのはもちろんなんですけど…ビデオ全部持ってるんですけど、いまだに見直して見ても面白いんですよ。ボケというか、ヌキどころの、優作さんが頭を殴られて、振り返って、「何やってるんだ、お前」って言いながら倒れていくとか、おかもち持った監督を出してしまうとか、最後の予告で「来週は面白くねぇから、見るんじゃねえ」って言ったりとか。当時としては、斬新ですよね。30年くらい前でしょ。あの頃にあのテイストで出来ていたあの人っていうのが、すげえなって、今、さらに思うわけですよ。子供の頃の僕にとって、吉本新喜劇、ドリフと並ぶくらい、かっこよくて、面白くて、すごく憧れましたね。
これをやりたいなんて思ってもムリなことであって、この人と同じ画面に映りたいって当時すごく思ってたんですよ。あの中に入りたいって。もう叶わない話になってしまいましたけど。僕の中では、すべてを超越した最高傑作なんですよね」
本当にバラエティ番組でお見受けするのとはまったく違った印象の宮迫さん。とても真面目な方でした。「何も考えていないんです」、「(演技は)楽しいだけなんです」。演技に関して、宮迫さんから出てくる言葉は、どれも無理がなくて自然。このあたりに、役者・宮迫博之の可能性が隠れているのかもしれません。
『魍魎の匣』 12.22(土)渋谷東急ほか松竹・東急系にて全国ロードショー












