この監督に注目!「サウスバウンド」 森田芳光監督インタビュー


- 『サウスバウンド』監督
森田芳光
- 常に時代を映し続ける作風で、これまで数多くの作品を世に送り出してきた森田芳光監督。公開中の新作『サウスバウンド』もやはり、親子の関係や、社会の大人たち…いまの私たちを取り囲む様々な状況を反映した作品です。豊川悦司さんが今までに見せたことのない表情で演じている、一度見たら忘れられない主人公の父親像。その秘話にはじまり、森田監督の映画づくりの姿勢に至るまで、お話をお伺いしてきました。
ちょうど同世代?主人公・一郎 と 森田監督のカンケイ
(C)2007「サウスバウンド」製作委員会
―森田監督は、1950年生まれだそうですが、豊川悦司さん演じる一郎みたいな人(学生運動で過激派のリーダー、口癖は「ナンセンス!」)のことはどういう風に見ていらっしゃいました?
「僕は授業受けていた時に、急にロックアウトされた側だったから。一生懸命勉強して、授業料も払って大学に入ったのに、全部パーになっちゃったわけですから、それこそナンセンスですよね(笑)。でも、授業がないから、皆で集まって8ミリを撮っていた。それが映画監督になるきっかけといえば、それはそれでいいのかな。そういうことになっていなかったら、映画の世界には行ってないですよ。僕、放送学科で、放送局に勤めようと思っていたから。何がどう転ぶか、わからないですね」
―じゃあ、一郎みたいな人は、対岸にいる感じですよね。
今回、映画を撮るにあたって、彼にはどんな思いを抱いていらしたのでしょう?
「一郎のバックボーンとしては、リーダーだったっていうことですよね。僕も、学生運動の末端で、ヘルメット被ってアジテーションやっていた人たちを知っているんですけど、意外とミーハーで(笑)。女の子が夜中にカレーライス作ってくれるからうれしいとか、他のセクトと闘ってきて、お互い闘うのが面白いとかね。イデオロギーと関係ないところで学生運動に加わっていたヤツが多いんですよ、やっぱり。流行っていうのは、たいていそういうところがありますから。
でも、上でやっている人の意見を聞いたり、顔つきを見ると「やっぱり本物だな、この人たちは、この人たちで考えがあって、やっていることだな」と思いましたね。一郎は、リーダーだったわけだから、警官隊と最前列で闘ったわけでしょ?それなりに勇気があって、大敵に屈しない強さがある人だということは、大前提として考えました。それで、ある種の挫折があって、子供が生まれて、いまの時代を景観した時に、その中で自分はどうやって生きていったらいいかを考えたと思うんですよ。その時に、俯瞰の目で子供たちを見たり、自分を見たりして、今の時代のユーモアとか、フェイントのリズム感とか、そういうのを身に着けていった…そういう裏づけを僕は一郎のキャラクターに貼り付けたんですね」
現代をうつす、親子の物語
―この映画は、親子の関係が軸になっていますが、現代の親子のあり方についてはどんな風に考えていらっしゃいますか?
「今の親が子供に媚びているっていうのがあると思うんですね。その点、一郎なんかは言いたいことを言っていますし、たとえば、娘が『ひとり暮らししたい』って言うと、『結婚でもするのか?』って最初に過激なことを言う。用意しているんですよね(笑)。それ以外なら、もう怖くないぞ、みたいな。そういうところは、見習って欲しいなと思いますね。この映画を見て」
−一郎の息子の二郎(田辺修斗)は、今の子供なんだけど、落ち着きがあるというか。間違わなそうな目をしていますよね。
「彼はオーディションで選んだんですけれど、やっぱり目が純粋だった。あと、台詞がうまかったですね。素直な子だったんです。よく、順撮りしていくと、子供の役者は成長していくって言いますけれど、今回、僕は子供の映画、初めて撮ったんですけれど、それがはっきりわかりましたね。面白いと思いましたよ」
森田監督の映画づくり
(C)2007「サウスバウンド」製作委員会
―原作と比べて、映画の方がシンプルに伝わってくる感じがします。原作では、おじさんが出てきますよね。
「アキラですよね。今回、カットしたのは、2時間以内におさめるという大前提ですけど、爆弾のことで子供が加担してるし・・・。活動家を出さなくても、一郎個人の中に活動の魂が宿っていればいいと思ったんです。小説を映画にする際に、僕がいちばん大事にしているのは、小説の読後感を―飽くまで僕が読んだ時の感じなんですけれど―そのきもちが映画を見終わった時のきもちと一致するかってことなんです。一致すれば、小説の映画化というのは、僕なりにありえると思っているんですね。それだけは信じているんですよ。小説を脚色する際は、まず1回目は普通に読んで、2回目は映画化を前提に線を引くんですね。線を引いて、どこのシーンが自分は好きかと。そのシーンを並べるだけで映画は成り立つかっていうのを考えるんです。好きなシーンだけでまず考えて、そのシーンに足りないところを自分のオリジナルでつけていくんです」
―森田監督の映画は、常に時代を映していて、広い層に向けて撮っていらっしゃいますよね。
「自分を狭くしたくないとは思うんですよ。結局、自分が好きじゃないもの、楽しくないものを撮ることはできない。自分の感動は、自分しかわからないわけですよね。自分を信じるしかない。そうすると、自分はどれだけ広く、いろいろなことを見たり聞いたりして、いまを的確につかんで、それをフィードバックさせることができるか、それしかないんです。だから、飽くまでも自分ですよね。映画=自分。それは、多くの人に届けたいというよりも、自分がそうやってミーハーになるっていうことですか。広いところを面白がれないと、やっぱりだめなんですね」
―お若い頃から、ずっと撮っていらっしゃるわけですが、映画を撮る姿勢で、変わったなと思うところはありますか?
「自分はあまり変わらないんですけれど、スタッフとの考え方ですね。僕はスポーツが好きで、サッカーとか野球とか観るんですけれど、チーム・スポーツっていうのは、監督の個性も大事ですけれど、やっぱり選手が働かないとどうしようもないんですよね。映画は集団の作業ですから、選手の自己ベストを出すような監督じゃないと、いい映画はできないなっていうのが、まあここ近年ね、明白になってきたことですね。若い頃は、『家族ゲーム』なんかは自分ひとりで撮ったんだっていう自惚れもありましたしね。やっぱり自分の個性は際立っているかなとか思いましたけれど。ある程度、年齢を重ねていくと、チームを盛り上げれば、最大限の仕事をチームがやってくれると。今回の沖縄のロケハンでも、やはり僕のやりたいことをわかっているチームが、色々な場所を的確に見つけてくれたわけですね。美術スタッフがあれだけの家を建ててくれたとか。やはり、すごいですよね」
森田監督の時代を映す作風は、そこに森田監督が面白い!と思うツボがあるからなのでしょう。インタビュー中も「流行って、そういうものですよね」とか「それが時代だと思う」というフレーズが何度か出てきて、大勢の人がいて何かになる匂いや空気、そういうものにワクワクする方なんだなというのが、面白かった。今後も、どんな風に時代を映していかれるのか、楽しみです。
2007年10月6日(土)全国ロードショー

